SSブログ

『ディスカバー・ジャパンの時代』 (森 彰英著) [白鳥(文芸)]

昨今、日本国有鉄道という言葉も懐かしくなってしまったが、1971年に始まった国鉄の一大キャンペーン『ディスカバー・ジャパン』の記録と分析。

1970年の大阪万博向けに輸送力の大増強をなした国鉄が、その後に予想された落ち込みをカバーするために始めた旅客誘致キャンペーンが、『ディスカバー・ジャパン』である。特定の地方を目的地としたキャンペーンでなく、日本全国をターゲットとしたこのキャンペーン、ちょうど高度成長時代の最後の花となって咲き、日本再発見、個人レベルでは自分探しの旅への呼び水となり、第一次石油ショックを乗り越え、国鉄の赤字が深刻化する70年代後半まで続いてゆくわけだ。まさに日本が熱かった時代の記念碑的キャンペーンなのだ。アンノン族、カニ族など当時の旅行風俗も聞かれなくなって久しいが、こういった自分探しの旅が、その後の海外一人旅のブーム(といっていいよな)につながっていったわけだ。

当時、都内に住んでいた白鳥は、ディスカバー・ジャパンの駅のスタンプ収集にはまってしまい、西は熱海、伊東、北は高崎、前橋、東は館山まで子供ながらに鉄道旅行を始めたころだった。当時のポスターの一部が掲載されているのだが、これが今見てもインパクトのある写真で、旅心を誘うのである。お堂で座禅を組む一人の女性の姿を引きで撮った写真!このポスターは覚えていました。80年以降、急速に日本の風景は破壊されてしまったと感じているので、現実にこういう風情を感じることができるかどうかは、残念ながら保証の限りではないが残してほしい日本の原風景だ。観光地ではそれなりに景観が保全されているところもあるけれどもうそろそろ、鉄筋コンクリートと看板だらけの町並みを見直すべきときだろう。


nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:

nice! 0

コメント 0

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

トラックバック 0

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。