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JR北海道・キハ283系の活躍を見る(1) [はつかり(鉄系)]

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JR北海道・キハ283系の活躍を見る(1)



来春のJRダイヤ改正で、JR北海道のキハ283系気動車が引退するんだそうです。
キハ283系は、石勝線~根室本線が、北海道高速鉄道開発が主体となった事業で、高速化対応改修が行われた1995年から札幌-釧路間を走っている特急用の振り子式気動車で、当時130Km運転を行って、特急「おおぞら」の所要時間は、4時間25分から3時間40分へと大幅に短縮されたのでびっくりしたものです。せっかくの高速化事業でしたが、2011年のトンネル内での火災事故の影響で、最高速度110Kmに落とされ、その後、後継の261系気動車の導入もあり、現在では6往復中3往復の活躍にとどまっています。20年以上たっているとはいえ、先輩の183系、281系はまだ現役で走る続けるのに対し、早くも引退とは残念です。
というわけで、12月の初めに北海道に行ってみました。
南千歳から石勝線の普通列車に乗って、追分経由新夕張に向かいます。


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キハ150単行の石勝線列車



追分後続の特急「とかち」に乗り換えます。新夕張以西も普通列車の本数はすごく少ないのです。
新鋭のキハ261での運転でした。

新夕張で下車、石勝線区間の楓地区に向かいました。
昔は楓にある登川駅までの不通区間列車が何本か走っていたのですが100数年前に廃止となり、今やバスも廃止となりました。今は行き違いのできる楓信号場になっています。

信号場のちょうど中ほどにこ線橋があることを地図で確認してあったのですが、カーブしている信号場構内を走り抜ける特急列車をうまい具合に記録できそうです。(新夕張-新得間は特急列車と貨物しか走っていません。)
北炭登川鉱は1987年に閉山しましたから、何にもないかと思っていたら、まだ人が住む炭住、
郵便局もあり、まったく人気がないというわけでないようです。

こ線橋の上から上下の列車を記録します。
「おおぞら4号」が上ってきました。

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車体を傾斜させてゆく283系



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「とかち」の261系1000番台


先頭車の連結部に保線の方が乗り込んで検視してますね。以前はこの展望席は旅客にも開放されていて、キハ281系、283系のほか、八戸-函館間の「スーパー白鳥」に使われていた789系電車でも前面展望を楽しむことができ、大いに楽しめたのですが、10数年前に、鹿だか牛だかとの衝突事故が起こって、立ち入り禁止になってしまいました。残念。


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南千歳で入手した駅弁で昼食「ほっき飯」


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ホカロンで保温してきました



楓信号場のポイント部分は巨大なスノーシェッドに覆われています。

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帯広方のスノーシェッドに進入してくる261系



新夕張は優雅にカーブしています。

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一番右側の線路は2004年まで普通列車が走っていた楓駅跡につながっています。もっと昔、石勝線が開通した1981年までは、別路線でさらに先の登川までつながっていました。石勝線が開通したころは、この先占冠までの区間は道路もないような人跡まれな場所だったのですが、今となってははるかに高規格な高速道路がはるか上空を走っています。

新夕張駅近くまで戻ったところで、「おおぞら6号」をキャッチしました。


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キハ283系「おおぞら」



新夕張駅まで戻って、道の駅夕張メロードで軽くうどんなど食べて、帯広に移動します。

ここで思い出したのが40年近く前に夕張に来た時のこと。


<おまけ>
1983年5月の北海道

国鉄線の乗りつぶしを目指していた乗り鉄おやじだったやまびこは、GWを利用して北海道に向かいました。

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「ゆうづる1号」で青森に到着



青函連絡船に乗って3時間50分

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は~るばる来たぜ函館~♬


函館山を背景にした函館駅の定番の構図です。キハ183系の初期車の長い編成も懐かしい。


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全盛期のDD51の姿


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連絡船への貨車の積み込みにはDD13が活躍していました
控え車を挟んで貨車の列を牽きだしています


「おおぞら3号」にのって一路新夕張へ。当時はあまり(時間が)長いとも思わなかったようです。
新夕張駅は2年前の石勝線開通に合わせて線路が付け替えられており、高台にできた新駅の下に旧紅葉山駅のだだっ広い構内が広がっていました。

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石炭輸送の栄華をしのぶ紅葉山駅のホーム
現在の道の駅などがあるところと思われます



新夕張から夕張支線に乗って一駅、清水沢駅に移動します。
ここで出迎えてくれたのは、当時北海道で唯一旅客輸送を行っていた私鉄(公営交通は除いて)、三菱大夕張鉄道。

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DD13タイプのディーゼル機関車に牽かれた大夕張の客車列車



大夕張炭鉱はすでに閉山しており、新たに開発された南大夕張からの石炭輸送が行われていました。わずか7.6Kmの路線でした。
当時最新鋭といわれた南大夕張鉱もこの2年後、ガス爆発事故で60人以上が命を落とす災害に見舞われて縮小から閉山、鉄道も廃止という道をたどります。道の駅にはこのあたりの歴史を展示した資料コーナーもありました。


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清水沢駅で着回しするDL55


ごとごとと十数分動いたらもう終点の南大夕張駅

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南大夕張駅で機関車を付け替え




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大夕張名物だったスユニ6



貴重な3軸台車をはいていました。
もとは国鉄の食堂車だったもので、三菱に払い下げられたのち、鋼体化改造、最後まで3軸台車をはいた貴重な存在でした。ルールのつなぎ目を渡るジョイント音が、タタタン、タタタンと響いてました。現在も南大夕張駅構内で保存されているということです。


<続きます>


<追伸>
楓信号場の前の登川郵便局の風景印にはキハ283系が描かれています。

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283系亡き後、風景印はどうなるか。郵便局自体が消えてしまうかもしれませんが。








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コメント 4

てんてん

今年もお世話になりました。
来年もよろしくお願いいたします。
どうぞ良いお年をお迎えください。
by てんてん (2021-12-31 18:35) 

サットン

1983年の2月に私は憧れの北海道に初上陸を果たしました。電車では781系、DCではキハ183系がどんどん増備されていた頃で、今までの国鉄にはなかった暖色系の室内が上等に映りました。

今年もお付き合いいただきありがとうございました。
よいお年をお迎え下さい。
by サットン (2021-12-31 20:18) 

やまびこ3

てんてんさん
旧年中はありがとうございます。今年もよろしくお願いします。
by やまびこ3 (2022-01-01 21:59) 

やまびこ3

サットンさん
旧年中はお世話になりました。
私が初めて(趣味で)北海道に渡ったのは1981年だったかな。83年になると地方交通線の廃止が始まるところで、何かとあわただしく乗り歩いてました。
今年もお体に気を付けてお過ごしください。
by やまびこ3 (2022-01-01 22:08) 

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