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懐かしのローカル線巡り(やまびこの写真帳から 13)「名鉄600V線区があったころ」(2) [はくつる(なつかし鉄)]

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懐かしのローカル線巡り(やまびこの写真帳から 13)
「名鉄600V線区があったころ」(2)



87年4月

続いて翌年、またやってきた夜行日帰りの名鉄巡り。
JRが発足した直後、定番の345Mサロ、この時は18きっぷシーズンではないので、小田原からでも着席できました。

岐阜駅から西側のローカル線、揖斐線・谷汲線に向かいます。


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岐阜駅前です



この時間帯は直通電車がなかったので、忠節に向かいます。


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新岐阜駅からこの電車に乗りました



忠節橋を渡って、忠節で揖斐線電車に乗り換え。

美濃電気軌道の名車、丸窓電車の片割れ モ522に乗って、西に向かいます。

旦島-尻毛間の伊自良川橋梁を過ぎます。ここは後で来てみようと思っているので先に進み、政田の先で根尾川橋梁を渡った下方で下車。

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モ522+モ511に乗ってきました



少し戻って、根尾川を渡って、根尾川橋梁の傍らに来ました。


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モ512+モ523がきました



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近づいたところを1枚



今度は下方側に戻って、待ちます。


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元愛電のク2326+元名岐モ703、モ751のコンビです
この時点ですでに3両ともほぼ60年選手というすごさ



この後、揖斐線と谷汲線の分岐地点となっている黒野を経て、谷汲線と本揖斐への揖斐線の乗りつぶしに入ります。黒野に至る前、真桑付近で第3セクターの樽見鉄道を下にクロスし、黒野へ。


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黒野駅で待機するオールドタイマー
この電車も60歳超



黒野駅で揖斐線から分かれて、根尾川に沿って北上。
樽見鉄道の対岸を走る形で、少し山中に入った終点谷汲に到着。華厳山谷汲寺への参詣輸送でにぎわったこともあったようです。


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谷汲終点でたたずむモ759
散り残した桜が残っていました


駅を出てきた759を林の中でキャッチ


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黒野-谷汲間を往復していたモ759



次にやってきた電車は・・・

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モ752に切り替わってました



黒野に一回戻って本揖斐終点に移動します。


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今度はモ759は黒野-本揖斐往復の運用についています



これで、揖斐線・谷汲線の乗りつぶしを終了。数年後、谷汲線が廃止になるときに、樽見鉄道は何とか生き残っているのに、岐阜市に直結する名鉄が廃止になってしまうのは納得できなかったものでした。


本揖斐から黒野で乗り継いで、伊自良川の鉄橋で撮影するべく尻毛駅で下車します。


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尻毛駅までモ511+モ522でやってきました



尻毛で対向電車と交換


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正面から見ると四角いですね



岐阜よりに少し進んで、下流の尻毛橋を渡り、左岸の河川敷から数カット。


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モ751、昼間は直通電車以外は単行です



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モ513+モ514の直通電車がきました




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モ515+モ526の新岐阜行き



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昭和初期の丸窓を残すモ515



フィルム時代としては、ずいぶんたくさんのカットを記録できて満足すべき成果ですが、この後、美濃町線にも足を延ばしています。


徹明町からの美濃町線のほかに、なぜか鉄道線の新岐阜から出て、次の田神から分かれて美濃町線の競輪場前で合流する田神線が存在していて、ここも乗らなくてはいけませんので、新岐阜からそのころ新規投入されたばかりの880型電車で東に向かいます。
鉄道線に乗り入れるためこの系統に使われる600型、880型は1500V/600Vの複電圧車になっています。わざわざこんな運転をしていたのは徹明町への乗り入れを警察か商店街(市役所)に制限されていたんでしょうか。

地図を見て、こ線橋のある岩田坂で下車しました。


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複電圧車の600型が走ります
細身の単行電車ですが、車内は転換クロスシートでした



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モ880



日中の本数の多い日野橋まで歩いて戻ります。


途中何か所かで撮影しました。

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同じくモ880
現在は福井鉄道の移籍して活躍しています



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琴塚当たりの山沿いを行く600型



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野一色から軌道線の徹明町に戻ります。


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このあたりは専用軌道になってます


札幌市電から移籍したヨーロピアンスタイルの連接車870型がやってきました。
このころはまだ名鉄もやる気があったんですね。

梅林電停からは複線になり徹明町に入ります。徹明町交差点の手前が終点になっていました。


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徹明町で折り返す連接車



路面電車というかLRTは少なくともこのくらいの車両がバンバン走るようでないと真価を発揮できないですよね。そのためには、セルフチェック制度がどうしても必要でしょう。

振り返ると、揖斐線からの直通急行電車が入ってきました。


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モ512とモ523がきました
なんだか、走る環境がかわいそうです



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急カーブを岐阜駅に曲がってゆきます



急いでJR駅に戻ると、急行電車が出発するところでした。


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(急)のマークがかっこいいですね



今回はここまで。
せっかくなので、新岐阜からのパノラマカー7000系の先頭座席で名古屋まで出ました。


今回紹介した、揖斐線、谷汲線は2001年に、岐阜市内線、美濃町線は2005年に廃止になりました。
JR化後のJR東海の攻勢で、本線系統の利益でローカル線を支えることができなくなったという面もありそうです。

岐阜市内線廃止の際は、両備グループのほか、フランスのCONEXなども運行支援に手を挙げたものの下ものへの投資を岐阜市や県が拒否したため、実現に至らず廃止・撤去になってしまいました。
わずか数十億円だったと記憶しているのですが、1か所ぐらいフランスにやらせてみたら面白いことが起こったかもしれないと思うのですが、残念です。


<もう少し続きます>









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コメント 4

ナツパパ

岐阜市内線があっさりと廃止になって驚きましたっけ。
岐阜県と岐阜市の意向だったんですね。
...まだ戦える路線だったのに惜しいことをしました。
by ナツパパ (2020-07-05 10:07) 

skekhtehuacso

じいちゃんの墓が豊木駅の近くにあったので、谷汲線には何度か乗りました。
なつかしいかぎりです。
by skekhtehuacso (2020-07-05 20:18) 

やまびこ3

ナツパパさん
岐阜に限らず、公共交通は軽視されすぎ。公共交通側も努力が今ひとつと感じてしまいます。
岐阜の駅前商店街、せっかく路面電車廃止しても息の根は止まってしまったようです。
by やまびこ3 (2020-07-06 18:10) 

やまびこ3

skekhtehuacso さん
谷汲線の奥の方はともかく、揖斐線沿線は結構民家がいっぱいあるのですが、市の取り組みによっては活用できたと思うのですが、自動車好きの人が多いのですね。
by やまびこ3 (2020-07-06 18:13) 

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